人間の自然寿命は38歳?── ゲノム研究が示した「寿命時計」と、江戸時代の平均寿命から考える老化の科学

人間の自然寿命は38歳?── ゲノム研究が示した「寿命時計」と、江戸時代の平均寿命から考える老化の科学

DNAに刻まれた寿命の手がかりとは何か。脊椎動物252種のゲノム解析から見えてきた、生物学的寿命と老化の科学

「人間の自然寿命は38歳」

この数字を聞くと、驚かれる方も多いのではないでしょうか。

現代では、医療の進歩や公衆衛生の改善によって、多くの人が80年以上の人生を送るようになりました。一方で、2019年に発表されたゲノム研究では、DNAに含まれる特定の配列の特徴から、ヒトの最大寿命が約38年と推定されています。

さらに興味深いことに、日本の江戸時代についても、出生時の平均余命はおおむね30〜40年程度だったと紹介されることがあります。

では、昔の人間は30〜40歳で寿命を迎えるのが自然だったのでしょうか。そして、現代人が長く生きられるようになったことは、私たちの身体が本来持つ寿命そのものが延びたことを意味するのでしょうか。

この問いを考えるうえで重要なのが、「平均寿命」「最大寿命」「自然寿命」、そして「生物学的年齢」という、似ているようで異なる概念です。

今回は、脊椎動物252種のゲノム情報を分析した研究を手がかりに、DNAから寿命を予測する仕組みと、その研究結果をどのように理解すべきかを考えていきます。

DNAから生物の寿命を予測する研究

2019年、学術誌『Scientific Reports』に、脊椎動物のゲノム情報をもとに寿命を予測する研究が発表されました。

論文のタイトルは「A genomic predictor of lifespan in vertebrates(脊椎動物におけるゲノムに基づく寿命予測因子)」です。

研究では、さまざまな脊椎動物のゲノム情報を比較し、種ごとの最大寿命と関連する遺伝的な特徴を調べました。

その結果、DNAの特定領域に見られる特徴から、動物種の最大寿命を一定の精度で予測できる可能性が示されました。

ここで注目したいのは、研究者たちが単に動物の年齢や生活習慣を比較したのではなく、生命の設計図ともいえるゲノムに着目したことです。

生物の寿命には、食事や運動、病気、生活環境など、さまざまな要因が関係します。しかし、それらの環境要因とは別に、種ごとの寿命の違いに関わる生物学的な特徴が、ゲノムに存在する可能性があります。

この研究は、そうした特徴を利用して、異なる動物種の寿命を予測しようとしたものです。

注目されたのは、DNAの「CpG」と呼ばれる配列

研究で分析されたのは、DNAに存在する「CpG」と呼ばれる配列に関係する特徴です。

DNAは、アデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)という4種類の塩基が並ぶことで、遺伝情報を保持しています。

このうち、シトシン(C)の次にグアニン(G)が並ぶ配列をCpGと呼びます。

CpGは、遺伝子の働きを調節する仕組みとも深く関わっています。特に、遺伝子の発現を制御する領域である「プロモーター」には、CpGが多く存在する領域があります。

プロモーターは、遺伝子の働きを調節するための重要な領域です。どの遺伝子が、どの程度働くかという制御に関わっているため、生物の発生や細胞の機能維持などを考えるうえでも重要です。

今回の研究では、42のプロモーター領域を選び、それぞれに含まれるCpGの密度と、動物種の最大寿命との関係を分析しました。

その結果、こうしたゲノム上の特徴を組み合わせることで、種ごとの最大寿命を予測できるモデルが構築されました。

重要なのは、研究で直接分析されたのが、DNAの特定領域におけるCpGの密度だという点です。

CpGの密度と、DNAのメチル化状態は関連する概念ですが、同じものではありません。DNAメチル化とは、DNAの特定の部位にメチル基という化学的な修飾が加わることを指します。

したがって、この研究を「DNAのメチル化を測定して寿命を予測した研究」と説明するのは正確ではありません。あくまでも、選択されたプロモーター領域におけるCpGの密度を利用した寿命予測研究です。

252種の脊椎動物から導かれた寿命予測モデル

研究者たちは、哺乳類や鳥類などを含む脊椎動物252種のデータを用いて、ゲノムの特徴と最大寿命の関係を調べました。

構築されたモデルは、検証用データにおいて決定係数(R²)0.76を示しました。

決定係数は、モデルがデータのばらつきをどの程度説明できるかを表す指標です。R²が0.76だったという結果は、検証データにおいて、モデルが最大寿命の違いを比較的よく捉えていたことを示しています。

ただし、これは「寿命を76%の確率で正確に当てられる」という意味ではありません。また、個人の寿命を予測できることを示したものでもありません。

この研究が扱っているのは、基本的に動物の「種ごとの最大寿命」です。

つまり、ヒトという種と、チンパンジーやクジラなど別の種を比較したとき、それぞれの種がどの程度の最大寿命を持つかという違いを、ゲノム上の特徴から予測しようとした研究です。

ここを理解しておくことが、研究結果を正しく読み解くための出発点になります。

ヒトの最大寿命は約38年と推定された

このモデルをヒトに適用したところ、最大寿命は約38.0年と推定されました。

同じ研究では、チンパンジーは約39.7年、ネアンデルタール人やデニソワ人については約37.8年と推定されています。

この数字だけを見ると、「人間の本来の寿命は38歳なのか」と考えてしまうかもしれません。

しかし、この結果には注意が必要です。

まず、38年という数字は、ゲノム上の特徴を用いたモデルによる推定値です。ヒトが実際に38歳までしか生きられないという観察結果ではありません。

また、ヒトはモデル構築に用いられた主要なデータセットには含まれておらず、モデルをヒトに適用して比較する形で推定されています。

さらに、この研究が推定しているのは個人の寿命や、老化が始まる年齢ではありません。

そのため、38歳を「人間が本来死ぬ年齢」と断定したり、「38歳を過ぎると身体の老化が本格化する」と解釈したりすることはできません。

では、なぜ現代人は80歳、90歳、さらには100歳を超えて生きることができるのでしょうか。

研究論文では、医療や生活環境の改善によって、過去約200年の間にヒトの平均寿命が大きく延びたことにも触れられています。

感染症への対策、衛生環境の改善、栄養状態の向上、医療技術の進歩などは、若い年齢で亡くなるリスクを大きく減らしてきました。

ただし、平均寿命が延びたことと、ヒトという種の最大寿命そのものが同じ割合で延びたことは、別の問題です。

この違いを理解するために、まず「平均寿命」と「最大寿命」を整理してみましょう。

江戸時代の平均寿命も30〜40年程度だった?

ヒトの最大寿命が約38年と推定されたという研究結果を読むと、日本の歴史にも目が向きます。

江戸時代の平均寿命については、出生時の平均余命がおおむね30〜40年程度だったと紹介されることがあります。

この数字を見ると、ゲノム研究が推定した38年と近いことに気づきます。

しかし、ここで重要なのは、江戸時代の「平均寿命」と、ゲノム研究が推定した「最大寿命」は、そもそも異なる指標だということです。

江戸時代の平均寿命として紹介される数字の多くは、出生時の平均余命を指します。これは、その時代の死亡状況が続くと仮定した場合に、生まれた人が平均して何年生きると見込まれるかを表すものです。

当時は、乳幼児期に亡くなる子どもが多く、感染症や栄養不足、医療環境などの影響も大きかったため、出生時の平均余命は低くなりやすい状況にありました。

そのため、出生時の平均余命が30〜40年程度だったからといって、江戸時代の人々が一様に30〜40歳で亡くなっていたわけではありません。

幼少期を無事に乗り越えた人のなかには、60代や70代まで生きた人もいました。歴史上の平均寿命を考える際には、乳幼児死亡率や当時の人口記録の性質なども考慮する必要があります。

一方、今回のゲノム研究における38年という数字は、動物種の最大寿命を予測するモデルから導かれた推定値です。

したがって、江戸時代の平均寿命とゲノム研究の推定値が近いからといって、「人間の自然寿命は38歳であり、江戸時代の人々はそれに近い年齢で亡くなっていた」と結論づけることはできません。

むしろ、この比較から考えたいのは、私たちが「寿命」と呼んでいるものには、社会環境によって大きく変わる側面と、生物としての身体の仕組みに関わる側面があるということです。

平均寿命は、病気や医療、栄養、衛生などの影響を強く受けます。一方、種ごとの最大寿命に関わる生物学的な仕組みについては、ゲノムや細胞の働きなど、別の角度から研究が進められています。

数字が似ていることは興味深いものの、それだけで両者の仕組みが同じだとはいえません。

「自然寿命」「最大寿命」「生物学的年齢」は何が違うのか

ここまでの内容を理解するために、混同されやすい3つの言葉を整理してみましょう。

自然寿命

「自然寿命」という言葉は、文脈によって意味が異なります。

一般的には、医療や社会環境による影響をいったん脇に置いたとき、生物が本来どの程度まで生きられるのか、という意味で使われることがあります。

ただし、自然寿命には、あらゆる研究で共通して使われる単一の厳密な定義があるわけではありません。

また、自然寿命を考える際に、病気や事故、栄養状態、生活環境などをどこまで除外するかによっても、意味合いは変わります。

そのため、「人間の自然寿命は38歳」と断定するには、今回の研究だけでは根拠が十分ではありません。

最大寿命

最大寿命は、ある種の生物が到達し得る寿命の上限に関わる概念です。

実際に記録された最長寿命と、その種が生物学的に到達し得る限界は、必ずしも同じとは限りません。

人間についても、非常に長生きした人の記録はありますが、それだけで人間の寿命の生物学的な限界が完全に確定したとはいえません。

今回の研究が予測しようとしたのは、この種ごとの最大寿命です。

生物学的年齢

生物学的年齢は、実際に何年生きたかを示す「暦年齢」とは異なり、身体や細胞、組織などがどの程度の状態にあるかを推定するための概念です。

例えば、同じ50歳の人でも、筋力や心肺機能、代謝の状態、細胞の特徴などには個人差があります。

こうした違いを評価するために、さまざまな指標が研究されています。DNAのメチル化パターンを用いる「エピジェネティック・クロック」も、その一つです。

ただし、生物学的年齢は一つの数値だけで身体全体の状態を完全に表せるものではありません。何を測定するかによって評価結果が異なる場合もあり、測定法の特性や限界を理解する必要があります。

ここで改めて強調したいのは、今回の研究が示した「38年」という数字は、個人の生物学的年齢ではないということです。

例えば、50歳の人に対して「あなたの生物学的年齢は38歳です」と判定した研究ではありません。種ごとの最大寿命をゲノム上の特徴から推定した研究であり、個人の身体の老化状態を測定したものではないのです。

「寿命時計」と「エピジェネティック・クロック」は同じではない

今回の研究は、ゲノム上の特徴から寿命を予測するという意味で、いわば「寿命時計」と呼びたくなるような研究です。

一方、抗老化やロンジェビティの領域では、「エピジェネティック・クロック」という言葉もよく登場します。

両者は、DNAに関係する研究という点では共通していますが、測定しているものや目的は異なります。

エピジェネティック・クロックは、主にDNAのメチル化パターンなどを用いて、暦年齢や健康状態、加齢に関連する変化を推定するために開発されてきました。研究によっては、実際の年齢とのずれが、健康状態や将来の健康リスクとどのように関係するかも調べられています。

これに対し、今回の研究は、プロモーター領域におけるCpGの密度を用いて、動物種ごとの最大寿命を予測するものです。

したがって、今回の研究を、個人の老化の進み具合を測定するエピジェネティック・クロックと同じものとして扱うことはできません。

また、CpGの密度と最大寿命に関連が見られたことは、特定のゲノム上の特徴が寿命を直接決定していると証明されたことを意味するわけでもありません。

関連性を見いだすことと、因果関係を明らかにすることは別です。今後、どのような生物学的メカニズムが関わっているのかを解明することが、重要な研究課題となります。

今回の研究は、ゲノム上の特徴から寿命を予測するという意味で、いわば「寿命時計」と呼びたくなるような研究です。

一方、抗老化やロンジェビティの領域では、「エピジェネティック・クロック」という言葉もよく登場します。

両者は、DNAに関係する研究という点では共通していますが、測定しているものや目的は異なります。

エピジェネティック・クロックは、主にDNAのメチル化パターンなどを用いて、暦年齢や健康状態、加齢に関連する変化を推定するために開発されてきました。研究によっては、実際の年齢とのずれが、健康状態や将来の健康リスクとどのように関係するかも調べられています。

これに対し、今回の研究は、プロモーター領域におけるCpGの密度を用いて、動物種ごとの最大寿命を予測するものです。

したがって、今回の研究を、個人の老化の進み具合を測定するエピジェネティック・クロックと同じものとして扱うことはできません。

また、CpGの密度と最大寿命に関連が見られたことは、特定のゲノム上の特徴が寿命を直接決定していると証明されたことを意味するわけでもありません。

関連性を見いだすことと、因果関係を明らかにすることは別です。今後、どのような生物学的メカニズムが関わっているのかを解明することが、重要な研究課題となります。

今回の研究で興味深いのは、ヒトだけでなく、多様な動物の寿命をゲノム上の特徴から比較している点です。

論文では、動物種ごとの最大寿命に関する推定例として、マンモスやナウマンゾウなどの絶滅した動物、リョコウバト、ホッキョククジラなども取り上げられています。

例えば、ホッキョククジラは非常に長寿な哺乳類として知られ、長い寿命を支える仕組みが研究されています。また、絶滅した動物については、現代の生物で得られた関係性をもとに寿命を推定することで、化石や形態の研究だけでは分かりにくい生物学的特徴を探る手がかりにもなります。

ただし、こうした数値は、すべてが直接観察された寿命というわけではありません。モデルによる推定値を含むため、実測記録と区別して理解する必要があります。

生物の寿命には、体の大きさや代謝、細胞の維持・修復機構、遺伝的な特徴、生息環境など、さまざまな要因が関わります。なぜある種は短い寿命を持ち、別の種は非常に長い寿命を持つのか。その違いを理解することは、老化の仕組みを解き明かすうえでも重要です。

動物種の比較から得られる知見が、将来的にヒトの老化研究にどのようにつながるのか。そこにも、この研究領域の可能性があります。

38歳という数字から、私たちの身体について考える

ここまで見てきたように、ゲノム研究が示した約38年という数字は、ヒトの自然寿命や、個人の老化が始まる年齢を直接示すものではありません。

それでも、この研究には大切な問いがあります。

それは、私たちの寿命や老化が、どこまで生物学的な仕組みに関係し、どこからが生活環境や社会の影響によるものなのか、という問いです。

人間の身体は、生まれたときから同じ状態を保ち続けるわけではありません。細胞は分裂し、傷ついた分子は修復され、不要になった細胞成分は分解・再利用されます。こうした仕組みが働く一方で、加齢とともに細胞や組織の機能には変化が生じます。

その変化の現れ方は、すべての人で同じではありません。

生活習慣、栄養状態、身体活動、睡眠、ストレス、病気、環境要因などは、健康状態や加齢に伴う変化に関わります。遺伝的な特徴も重要ですが、それだけで個人の未来が決まるわけではありません。

だからこそ、抗老化やロンジェビティを考える際には、寿命を何歳まで延ばせるかという数字だけでなく、どのような身体の状態で年齢を重ねていくのかにも目を向ける必要があります。

そして、ここでいう抗老化は、年齢を重ねること自体を否定したり、必ず若返ることを約束したりするものではありません。加齢に伴う身体の変化を理解し、健康を維持するために何ができるのかを科学的に考えることが、その出発点になります。

まとめ──長く生きることだけでなく、健康に生きる時間を考える

平均寿命が延びた現代では、単に長く生きることだけでなく、健康に生活できる期間をどう確保するかが重要な課題となっています。

病気や障害によって日常生活に制限が生じる期間をできるだけ短くし、自分らしく生活できる時間を保つこと。これは、健康寿命を考えるうえでも大切な視点です。

そのためには、身体の仕組みや加齢に伴う変化について理解を深めるとともに、日々の生活のなかで実践できることを積み重ねていく必要があります。

もちろん、食事や運動、睡眠などの生活習慣を整えれば、すべての老化を防げるというわけではありません。特定の方法だけで寿命が延びると断言することもできません。

それでも、自分の身体の状態を知り、必要な健康管理を行い、科学的な知見をもとに生活を見直していくことには意味があります。

今回のゲノム研究は、DNAに含まれる特徴と生物の寿命との関係を探るものです。その成果を、すぐに個人の寿命を予測する方法や、若返りの技術として受け取ることはできません。

しかし、生命がどのような仕組みによって維持され、なぜ老化し、種によって寿命が異なるのかという問いは、これからの抗老化研究やロンジェビティ研究につながる重要なテーマです。

「人間の自然寿命は38歳なのか」という問いに、今回の研究だけで明確な答えを出すことはできません。

むしろ大切なのは、数字だけを切り取って結論を急ぐのではなく、その数字が何を意味し、何を意味していないのかを理解することではないでしょうか。

私たちの身体には、まだ解明されていない仕組みが数多くあります。最新の科学を学びながら、自分の身体を理解し、大切に扱い、日々の暮らしを丁寧に整えていく。

その積み重ねこそが、人生100年時代を自分らしく生きるための、ロンジェビティの大切な土台になるのかもしれません。

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「こもれび抗老化ステーション」では、専門医やスペシャリスト監修のもと、科学的根拠に基づいた抗老化製品・サービスの開発を支援する「ロンジェビティ・共創ラボ」を運営しています。既存事業へのロンジェビティ視点の導入や新規事業化のご相談は、下記よりお気軽にお問い合わせください。

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参考文献

参考文献

Mayne, B. et al. “A genomic predictor of lifespan in vertebrates.” Scientific Reports 9, 17866 (2019).

https://www.nature.com/articles/s41598-019-54447-w

この記事を書いた人

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