なぜ男女で老化のプロセスが異なるのか?──USCが始動した「老化の性差研究」GeroSCOREプロジェクト

──人類最大の「自然実験」──なぜ男女で老化のプロセスは異なるのか
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2026年8月13日、世界の長寿科学を牽引する専門メディア『Longevity.Technology』に、老化研究の常識を覆す非常に重要なニュースが掲載されました。
米国カリフォルニア州の名門・南カリフォルニア大学(USC)レオナルド・デイビス老年学大学院が、米国国立衛生研究所(NIH)およびNIH女性健康研究室からの資金提供(5年間で750万ドル/約12億円)を受け、加齢における性差研究の専門拠点「GeroSCORE(ジェロスコア)」を設立したというニュースです。
地球上のほぼすべての国で、女性は男性よりも平均寿命が長いことが知られています。
しかしその一方で、高齢期に障害や認知症、慢性疾患を抱えて過ごす期間は女性の方が長いという現実があります。
つまり、男女では単に寿命の長さが違うだけでなく、年齢を重ねる過程で生じる身体の変化や病気のリスクといった「老化のプロセス」そのものが大きく異なるのです。
これまで「こもれび抗老化ステーション」で取り上げたバック老化研究所の「生殖回復力仮説(RRH)」に関するコラムでも触れたように、生物学的な性の違いや生殖器の老化が全身の寿命・健康寿命にどのような影響を及ぼすかという視点は、今や長寿科学の最前線における最大のトピックです。
USCのGeroSCORE設立は、これまで見過ごされてきた男女の老化プロセスの違いを科学的に解明し、すべての人に個別化された予防医療を届けるための歴史的な一歩となります。
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「男性がデフォルト」だった従来の生物医学研究に対するブレイクスルー
なぜこれまで、老化における性差の研究は遅れていたのでしょうか。その大きな要因は、これまでの生物医学や薬学の歴史において「男性(あるいは雄の実験動物)」の体が標準(デフォルト)として扱われてきたことにあります。
女性の体はホルモンバランスが周期的に変動するため、実験データにばらつきを生じさせる「複雑な変数」として排除されがちでした。
しかし、人類の約半分を占める女性の生物学を都合のよい変数として片付けたまま、人間の本当の老化メカニズムを解明することは不可能です。
長年にわたり生殖能力の終わりとしてのみ捉えられてきた「更年期(卵巣の老化)」は、単に子供を産む機能の停止にとどまりません。
女性ホルモン(エストロゲン等)の急激な減少は、脳機能、骨密度、心血管系、代謝システム全体に甚大な影響を与える深刻な全身的転換期です。
GeroSCOREは、更年期を独立した生殖医療の枠組みから解き放ち、全身の老化生物学の中心的な移行期として位置づけることで、この課題に正面から挑みます。
学際的アプローチで解き明かす「回復力」と「脆弱性」の仕組み
GeroSCOREプロジェクト(Geroscience of Sex Differences SCORE)の最大の強みは、単に男女のデータを集めて比較するだけでなく、生物学、神経科学、心理学、疫学、社会学、データサイエンスといった多岐にわたる分野を結集させた学際的な研究体制にあります。
老化のプロセスは、遺伝子やホルモンといった生物学的要因だけで決まるわけではありません。
数十年にわたる生活習慣、環境曝露、ストレス、社会的な経験が複雑に絡み合って形成されます。
現在進行中の具体的プロジェクトでは、ヒトの更年期を忠実に再現した動物モデルを用いて「更年期が脳の老化やアルツハイマー病の発症リスクに与える影響」を検証する研究や、認知機能評価・神経画像・バイオマーカーを組み合わせて「なぜ一方の性別がある病気に対して強い抵抗力(回復力)を持ち、もう一方の性別では脆弱性が出るのか」といった分子レベルのメカニズム解明が進められています。
一方の性別が持つ病気への「耐性」の仕組みが明らかになれば、それは女性だけでなく男性にとっても新たな治療法や予防介入のターゲットとなり、男女双方に計り知れない恩恵をもたらします。
個人に最適化された予防医学と「ヘルスケアの未来」へのインパクト
GeroSCOREの取り組みは、大学の研究室の中だけにとどまりません。
統一された分析ツールやデータ共有のプラットフォームを構築することで、世界中の研究者が性差を考慮した研究を容易に行えるエコシステム(研究基盤)を整備しています。
投資やヘルスケアビジネスの視点から見ても、男女の生物学的な違いを考慮した精密医療(プレシジョン・メディシン)やパーソナライズ・サプリメント、更年期前後のヘルスケア(フェムテックおよびエイジングケア)市場は、今後最も成長が期待される領域の一つです。
「性別」を単なる統計上の調整項目として処理するのではなく、一人ひとりの生物学的特性に合わせた予防介入を行うことで、病気になってから治療するのではなく、病気になる手前で進行を食い止める真の「予防医療」が実現します。
まとめ
──平均化された医療から、自分自身の体・性別に合った長寿の実践へ
長年にわたり「男女の違い」という自然が提示してくれた最大の実験データは、科学の現場で平均化され、深く探求されてきませんでした。
しかし、GeroSCOREをはじめとする新たな研究拠点の立ち上げにより、そのメカニズムを解明するための本格的な検証が今まさに始まろうとしています。
女性が長生きしながらも病気に悩まされる期間を短縮し、男性もまた特有の疾患リスクから身を守る。男女それぞれの生物学的な強みと弱みを正確に理解することは、すべての人が最期まで自分らしく、活動的で自立した人生を送るための鍵となります。
「性差」という新たな科学の光が照らし出す知見に注目しながら、私たちが自身の体の特性を深く理解し、より的確なエイジングケアを選択・実践していく時代が着実に近づいています。

参考記事:老化研究の「性別」は偏っていたのか?──バック老化研究所が提起する「生殖回復力仮説(RRH)」という疑問
参照元
longevity.technology:Aging’s largest natural experiment comes into focus
https://longevity.technology/news/agings-largest-natural-experiment-comes-into-focus/
USC establishes NIH-funded center to transform research on sex differences in aging
https://today.usc.edu/usc-establishes-nih-funded-center-to-transform-research-on-sex-differences-in-aging/
この記事を書いた人
1978年生まれ、京都府出身。看護師として京都市内の病院に8年間勤務後、上京。東京都内の総合病院にてICU(集中治療室)、NICU(新生児集中治療室)、手術室での高度急性期医療に従事。看護師プリセプターとして後進の育成にも尽力する。
臨床現場での経験から、既存の制度では対応困難なニーズを痛感し、24時間対応保育所や自費訪問看護ステーションを自ら立ち上げた起業家としての側面も持つ。
現在は、訪問看護の発展を支援する総合Webメディア「いろいろナース」および、抗老化とロンジェビティ(長寿科学)の実践をガイドする「こもれび抗老化ステーション」の編集長を務める。医療現場のリアルな知見と最新のロンジェビティ理論を融合させ、日本人の健康寿命延伸に寄与する情報発信を行っている。


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