1日1回の服用でマンジャロ中止後も体重を維持?──GLP-1療法の弱点を補う「ENV-308」の可能性

ジムの汗を1錠に凝縮する「運動の化学」と新たな長寿アプローチ
海外のロンジェビティ(抗老化・長寿)に関する最新知見やバイオテック投資の動向をお届けする「ロンジェビティニュース」。
2026年8月20日、専門メディア『Longevity.Technology』にて、米国Enveda Biosciences(エンヴェーダ・バイオサイエンス)社が、激しい運動時に体内で生じるホルモンの効果を模倣した新薬「ENV-308」の第1相臨床試験で良好な結果を得たことが報じられました。
日本でも「マンジャロ」などのGLP-1受容体作動薬が大きな話題を集める一方、服用中止後の急激なリバウンドや筋肉量の減少が世界的な課題となっています。
今回発表されたENV-308は、GLP-1製剤を代替して置き換えるのではなく、その服用を中止した後も減量効果や代謝機能を無理なく維持できるように設計された注目の新アプローチです。
この記事は、スマホ(Safariの「Webサイトを聴く」やChromeの「このページを聴く」機能)を利用して音声で読み上げることが可能です。
運動後の食欲抑制分子「Lac-Phe」の発見と薬学的なブレイクスルー
ENV-308の核心にあるのは、2022年にスタンフォード大学のジョナサン・ロング氏らの研究チームによって解明された「ラクチフェニルアラニン(Lac-Phe)」という代謝物です。
ランニングや高強度のトレーニングを行うと、筋肉や血液細胞で乳酸が生成されます。この乳酸がアミノ酸の一種であるフェニルアラニンと結合して作られるのがLac-Pheです。
Lac-Pheは脳の満腹中枢に働きかけ、吐き気などの不快感を伴わずに自然と食欲を抑え、肥満予防やインスリン抵抗性の改善に寄与することが突き止められました。
ハードな運動の直後に、意外にも空腹感を感じにくくなる背景には、この分子の働きが存在しています。
しかし、体内で自然に作られるLac-Pheには「生成されると同時に素早く体外へ排出されてしまう」という弱点があり、そのままでは医薬品としての活用が困難でした。
エンヴェダ社はこの課題に対し、体内での滞留時間を延ばし、1日1回の経口服用で高い効果を発揮する擬似ジペプチド構造分子「ENV-308」を開発することに成功したのです。
GLP-1受容体作動薬が抱える「1年以内の離脱」と「筋肉減少」のリアル
ENV-308がこれほど世界から注目される理由は、急速に普及したGLP-1受容体作動薬の「隠れた課題」を補完する役割を果たすためです。
米国では成人の約8人に1人が使用しているとされるGLP-1製剤ですが、激しい吐き気や消化器症状、あるいは経済的コストや生活習慣の変化への負担から、使用を開始した人の大半が1年以内に服用を断念しています。
さらにオックスフォード大学の分析によれば、GLP-1製剤を中止した後の体重増加(リバウンド)は、一般的な食事制限や運動療法による減量中止時よりも速いペースで進行することが指摘されています。
さらに深刻なのが「筋肉(除脂肪体重)の失われやすさ」です。GLP-1製剤による急激な減量では、脂肪とともに貴重な筋肉量まで削ぎ落とされてしまう傾向があります。
筋肉を失った状態で体重だけがリバウンドすると、体脂肪率が以前より高くなり、代謝機能が一段と低下する「体重サイクリング(ウェイト・サイクリング)」を引き起こします。
この体重の激しい増減の繰り返し自体が、心血管系や代謝機能に深刻なダメージを与えてしまうのです。
第1相試験で見えた優れた安全性と「脂肪と筋肉」への作用メカニズム
今回実施された第1相臨床試験(88名の健康なボランティアを対象)では、ENV-308の優れた安全性が実証されました。
GLP-1製剤の離脱原因として最も多い「吐き気や嘔吐」といった消化器系の不快感は認められず、極めて良好な忍容性が確認されています。
また、本治験では血中の「レプチン」濃度の低下も確認されました。レプチンは脂肪細胞から分泌され、脳にエネルギー貯蔵量を伝えるホルモンですが、肥満状態では脳がシグナルを受け取れなくなる「レプチン抵抗性」が生じます。
ENV-308によるレプチン濃度の低下は、脳のエネルギー感知システムが正常化し、代謝メカニズムへ直接作用している兆候として捉えられています。
さらに、先行して行われた動物実験では、ENV-308が減量期間中の筋肉量をしっかりと維持し、GLP-1製剤の中止後に生じるリバウンドによる体重増加を強力に抑制することが確認されています。
自然界のコードをAIで解読する開発企業「エンヴェーダ・バイオサイエンス」の市場価値
この革新的な候補薬を生み出したEnveda Biosciences(エンヴェーダ・バイオサイエンス)は、AIと最先端の質量分析技術を融合させた独自の創薬プラットフォームを持つ気粋のバイオテック企業です。
地球上の自然界(植物や微生物など)に存在する化学分子の99%以上は、いまだ構造や機能が解明されていません。
同社は独自のAI基盤モデルを用いて自然界の複雑な化学データを解析し、未開拓の分子群から高精度で医薬品候補を探索しています。
エンヴェダ社はENV-308のほかにも、アトピー性皮膚炎や喘息を対象とする候補分子(ENV-294)、炎症性腸疾患をターゲットとする分子(ENV-6946)など魅力的なパイプラインを擁しており、大手製薬会社のサノフィをはじめとする有力投資家から大規模な資金調達を実施しています。
AI創薬を活用して「自然界の知恵(運動の化学メカニズム)」を再現する同社の取り組みは、バイオテクノロジー投資の観点からも極めて高い評価を得ています。
まとめ
体重の数値を追う時代から「持続可能な代謝の獲得」へ
エンヴェダ社が次に予定している第2相臨床試験では、実際にGLP-1製剤の服用を終了した(あるいは終了を予定している)患者を対象に、ENV-308がリバウンドを防ぎ、体組成(筋肉量)を維持できるかが実証されます。
長寿医療(ロンジェビティ・メディシン)における真の目標は、一時的に体重の数値を減らすことではありません。
加齢に伴う筋肉量の減少(サルコペニア)を防ぎ、長年にわたってインスリン感度や代謝機能を高く保つ「ヘルススパン(健康寿命)の延伸」にあります。
ハードな運動がもたらす化学的メリットを安全に日々の習慣へと取り入れ、GLP-1製剤で得た成果を離脱後もリバウンドなしで定着させる。
ENV-308が切り開く「運動の化学」アプローチは、私たちが年を重ねても健康的で引き締まった身体と高い生活の質を維持するための、新たな希望の光となるでしょう。
参照元
longevity.technology:Enveda makes ‘exercise pill’ that skips the treadmill
https://longevity.technology/news/enveda-makes-exercise-pill-that-skips-the-treadmill/
Enveda Reports Positive Phase 1 Results for ENV-308, the First Pill Designed From the Chemistry of Exercise
https://www.businesswire.com/news/home/20260818509517/en/Enveda-Reports-Positive-Phase-1-Results-for-ENV-308-the-First-Pill-Designed-From-the-Chemistry-of-Exercise
この記事を書いた人
1978年生まれ、京都府出身。看護師として京都市内の病院に8年間勤務後、上京。東京都内の総合病院にてICU(集中治療室)、NICU(新生児集中治療室)、手術室での高度急性期医療に従事。看護師プリセプターとして後進の育成にも尽力する。
臨床現場での経験から、既存の制度では対応困難なニーズを痛感し、24時間対応保育所や自費訪問看護ステーションを自ら立ち上げた起業家としての側面も持つ。
現在は、訪問看護の発展を支援する総合Webメディア「いろいろナース」および、抗老化とロンジェビティ(長寿科学)の実践をガイドする「こもれび抗老化ステーション」の編集長を務める。医療現場のリアルな知見と最新のロンジェビティ理論を融合させ、日本人の健康寿命延伸に寄与する情報発信を行っている。

