認知機能を維持した長寿は予測できるのか?──15種類のエピジェネティック時計の検証から考えるロンジェビティの未来

認知機能を維持した長寿は予測できるのか?──15種類のエピジェネティック時計の検証から考えるロンジェビティの未来

90歳になったとき、どのような自分でありたいでしょうか?

人生100年時代といわれる現代、私たちが長い人生について考える機会は増えています。健康に長く生きたい、自分の足で歩き続けたい、好きなことを楽しみたい。

そして、できることなら、年齢を重ねても自分で考え、判断し、自分らしい生活を送りたい。そう願う方は多いのではないでしょうか。

しかし、ここで一つ考えてみたいことがあります。

同じ90歳まで生きたとしても、認知機能を保ちながら自立した生活を送っている人と、認知機能の低下によって日常生活に支援が必要になっている人では、その人生のあり方は大きく異なります。

長寿を考えるとき、単に何歳まで生きられるかだけでなく、どのような心身の状態で人生を重ねていくのかという視点が欠かせません。

近年、こうした生物学的な老化の状態を推定する方法として注目されているのが「エピジェネティック時計」です。血液などから得られるDNAメチル化の情報をもとに、生物学的な老化の進み具合を評価する研究が進められています。

では、このエピジェネティック時計は、単に長生きできるかどうかだけでなく、認知機能を保ちながら長生きできるかどうかまで見分けられるのでしょうか。

2026年9月に発表された、米国の女性を対象とする大規模研究は、この問いに向き合ったものです。15種類のエピジェネティック時計を比較した結果から見えてきたのは、長寿と健康な長寿を測ることの違い、そして現在の老化指標が抱える課題でした。

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エピジェネティック時計とは何か? 生物学的年齢を測る新しい視点

私たちの年齢は、通常、生まれてから何年経過したかを示す「暦年齢」で表されます。しかし、同じ年齢であっても、身体の状態や健康状態には個人差があります。

生活習慣、遺伝的背景、環境、これまでに経験してきた病気など、さまざまな要因によって、身体の老化の進み方は一人ひとり異なると考えられています。

そこで研究されているのが、生物学的年齢という考え方です。

生物学的年齢は、暦年齢だけでは捉えきれない身体の状態や老化の特徴を、さまざまな生物学的指標から評価しようとするものです。その代表的な研究手法の一つが、DNAメチル化を利用したエピジェネティック時計です。

DNAメチル化とは、DNAの塩基配列そのものを変えることなく、特定の部位にメチル基が付加される化学的な変化です。遺伝子の働き方に関係する仕組みの一つであり、加齢に伴ってそのパターンが変化することが知られています。

エピジェネティック時計は、こうしたDNAメチル化のパターンと年齢や健康状態との関係を統計的に解析し、生物学的な老化の状態を推定するものです。

初期の研究では、DNAメチル化の情報から暦年齢を推定する時計が開発されました。その後、研究が進むにつれて、死亡リスク、疾患、身体機能など、より健康状態に関係する情報を反映する時計も登場しています。

例えば、PhenoAgeやGrimAgeは、暦年齢だけでなく、健康状態や死亡リスクに関連する情報を取り込んだ指標として研究されてきました。また、DunedinPACEは、現在の生物学的年齢そのものというよりも、生物学的な老化がどの程度の速さで進んでいるかを評価することを目的とした指標です。

このように、エピジェネティック時計は一つの決まった測定方法ではありません。開発の目的や利用する情報によって、それぞれ異なる特徴を持っています。

ただし、これらの指標が示す数値は、身体のあらゆる老化現象を直接測定しているわけではありません。どのような健康状態や将来の結果と関連するのかを検証しながら、その意味を理解する必要があります。

15種類のエピジェネティック時計を比較した大規模研究

今回紹介する研究のタイトルは、「Epigenetic clocks of biological aging and cognitively healthy longevity: the Women’s Health Initiative Memory Study」です。

米国の女性を対象としたWomen’s Health Initiative Memory Study(WHIMS)のデータを用いて、エピジェネティック時計と90歳までの生存、そして認知機能を保った長寿との関係を調べています。

研究対象となったのは、研究開始時に65〜79歳だった女性5,844人です。1996年から1999年にかけて採取された血液サンプルを用い、DNAメチル化の情報から15種類のエピジェネティック時計を評価しました。その後、2024年2月まで長期的に追跡し、90歳まで生存したかどうか、さらに認知機能がどのような状態だったかを調べています。

研究では、参加者の経過を大きく三つの状態に分けて分析しました。

90歳まで生存し、認知機能が保たれていた女性は1,726人で、研究対象全体の29.5%でした。一方、90歳まで生存したものの、認知機能に障害が認められた女性は956人で、16.4%でした。そして、90歳を迎える前に亡くなった女性は2,611人で、44.7%でした。

なお、認知機能の状態を分類できなかった参加者もいたため、これら三つのグループの合計は全対象者5,844人とは一致しません。認知機能の評価が得られなかった人が一部含まれている点には注意が必要です。

また、ここでいう認知機能の障害には、軽度認知障害(MCI)や認知症が含まれています。90歳前後の認知機能評価が得られなかった場合には、記憶に関する自己申告や医師による認知症・アルツハイマー病の診断情報なども用いて分類されました。

この研究の特徴は、単に生存したかどうかだけではなく、90歳まで生きた人の認知機能にも着目し、15種類ものエピジェネティック時計を比較したことです。

エピジェネティック時計は、90歳まで生きる可能性と関連していた

研究でまず明らかになったのは、15種類すべてのエピジェネティック時計が、90歳までの生存と死亡との間に関連を示したことです。

全体として、生物学的な老化がより進んでいることを示す数値が高い女性ほど、90歳まで生存するオッズが低い傾向が認められました。

特に、第二世代・第三世代のエピジェネティック時計では、比較的強い関連が示されています。

例えば、AgeAccelGrim2では、指標が1標準偏差高くなるごとに、90歳まで生存するオッズは0.66倍でした。PCGrimAgeでは0.64倍、PCPhenoAgeでは0.73倍、DunedinPACEでは0.77倍となっています。

ここで注意したいのは、これらの数値は「90歳まで生きる確率が何%下がる」という意味ではなく、統計的に算出されたオッズの比率を示していることです。個人の寿命を直接予測する数値として解釈することはできません。

それでも、異なる仕組みで開発された複数のエピジェネティック時計が、90歳までの生存と一貫した関連を示したことは重要です。

DNAメチル化に基づく生物学的な老化指標が、暦年齢だけでは捉えきれない長期的な健康状態や生存に関係する情報を含んでいる可能性が示されています。

つまり、エピジェネティック時計は、少なくとも今回の研究において、長寿と関連する生物学的な特徴を捉えていたと考えられます。

しかし、認知機能を保った長寿と、認知機能が低下した長寿は区別できなかった

今回の研究で、さらに興味深いのはここからです。

研究者たちは、90歳まで生存した女性を、認知機能が保たれていたグループと、認知機能に障害が認められたグループに分け、それぞれのエピジェネティック時計との関連を調べました。

その結果、15種類のエピジェネティック時計のいずれについても、認知機能を保ったまま90歳まで生存することとの関連が、認知機能に障害がある状態で90歳まで生存することとの関連よりも強いとは示されませんでした。

言い換えれば、今回検証されたエピジェネティック時計は、90歳まで生存することとは関連していたものの、90歳まで生きた人の中で、認知機能が保たれているかどうかを明確に見分けることはできなかったのです。

これは、エピジェネティック時計の可能性を否定する結果ではありません。むしろ、現在の指標が捉えている老化と、私たちが望む健康な長寿との間には、まだ測定上の隔たりがあることを示しています。

特に注目したいのが、DNAmICという指標です。

DNAmICは、身体の健康や機能に関わる複数の領域を取り込んで開発された指標で、認知機能もその構成要素の一つに含まれています。そのため、今回の研究では、認知機能を保った長寿を見分けるうえで有用なのではないかという期待も考えられます。

しかし、実際にはDNAmICも、認知機能が保たれたまま90歳まで生存したグループと、認知機能に障害がある状態で90歳まで生存したグループを明確に区別できませんでした。

認知機能に関する情報を取り込んだ指標であっても、それだけで認知機能を維持した長寿を評価できるとは限らないということです。

この結果は、長寿を測ることと、健康な長寿を測ることが、必ずしも同じではないという重要な課題を浮き彫りにしています。

「寿命」と「健康寿命」は、同じ指標だけでは測れない

私たちは、長寿という言葉から、長く生きることをイメージしがちです。しかし、ロンジェビティが目指すものは、単純に寿命を延ばすことだけではありません。

健康寿命という考え方が示すように、日常生活に制限のない期間をいかに長く保つかが重要になります。

そのためには、身体的な健康だけでなく、認知機能や精神的な健康、社会とのつながりなど、さまざまな要素を考える必要があります。

特に認知機能は、自分で考え、判断し、行動するための基盤となるものです。記憶力や注意力、判断力などが保たれることは、日々の生活を自分らしく送るうえで大きな意味を持ちます。

今回の研究が示したのは、全身の生物学的な老化と関連する指標だけでは、認知機能を維持した長寿を十分に捉えられない可能性があるということです。

もちろん、脳も身体の一部であり、全身の老化と無関係ではありません。血管の健康、代謝、慢性炎症、免疫機能など、さまざまな身体の状態が脳の健康にも関係しています。

しかし、全身の老化を反映する指標が、そのまま脳の老化や認知機能の状態を正確に反映するとは限りません。

これからのロンジェビティ研究では、生物学的年齢を一つの数値で評価するだけでなく、認知機能、身体機能、感覚機能、社会的な機能など、それぞれの側面をどのように評価していくかが重要になると考えられます。

これから求められるのは「健康な長寿」を捉える新しい指標

今回の研究では、エピジェネティック時計が90歳までの生存と関連することが確認される一方で、認知機能を保った長寿を区別するには不十分であることが示されました。

研究者たちは、今後、認知機能を維持した長寿をより適切に評価できるエピジェネティック時計の開発が必要であると指摘しています。

そのような指標が実現すれば、将来的には、健康状態の評価や医療上の意思決定、老化に関する介入研究、さらには人生設計に役立つ可能性があります。

ただし、今回の研究は観察研究であり、エピジェネティック時計を改善すれば認知機能を維持できることや、寿命が延びることを証明したものではありません。また、研究対象は米国の女性であり、男性や異なる人種・地域の人々にも同じ結果が当てはまるかは、今後の検証が必要です。

さらに、今回の評価は研究開始時点の血液サンプルを用いたものであり、長い年月の中で時計の数値がどのように変化したかを追跡した研究ではありません。

それでも、長寿を測る指標と、認知機能を保った健康な長寿を測る指標は異なる可能性があるという視点は、今後の研究にとって大切な出発点になるでしょう。

まとめ:ロンジェビティの目標は、何歳まで生きるかだけではない

今回の研究から考えさせられるのは、私たちが本当に目指したい長寿とは何か、ということです。

90歳まで生きることは、一つの大きな節目かもしれません。しかし、その年齢を迎えたとき、自分の意思で考え、選択し、人とのつながりを持ちながら、自分らしい生活を続けられるかどうかも同じくらい大切です。

エピジェネティック時計の研究は、身体の老化を数値で捉えようとする科学の進歩を示しています。一方で、現在の指標だけでは、私たちが望む健康な長寿のすべてを評価できないことも明らかにしました。

これは、ロンジェビティ研究がまだ発展の途上にあることを示すと同時に、これからの研究に新たな可能性を開く結果でもあります。

私たちの身体は、単一の数値で表せるほど単純ではありません。脳、血管、筋肉、免疫、代謝、そして心の状態まで、さまざまな機能が互いに関係しながら、日々の健康を支えています。

だからこそ、老化を一つの尺度だけで捉えるのではなく、自分の身体に起きている変化を多面的に理解し、長期的な健康を考えることが大切です。

ロンジェビティとは、ただ長く生きるための方法を探すことではありません。自分の身体を知り、その変化に向き合いながら、人生の時間をより豊かに重ねていくための考え方でもあります。

何歳まで生きるかだけでなく、どのような自分であり続けたいのか。

その問いを持つことが、これからの時代における健康づくり、そして自分らしいロンジェビティライフの第一歩になるのではないでしょうか。

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補足用語解説

エピジェネティック時計(Epigenetic Clocks)

DNAの塩基配列そのものではなく、後天的に付加される化学変化である「DNAメチル化」のパターンを解析し、細胞や組織の生物学的な年齢(真の若さ)を推定する測定技術。Horvath時計(第1世代)、GrimAge(第2世代)、DunedinPACE(第3世代)などがあります。

エピジェネティック年齢加速(EAA: Epigenetic Age Acceleration)

実年齢(生年月日からの経過年数)に対して、エピジェネティック時計で測定された生物学的年齢がどれくらい進んでいるかを示す指標。数値が高いほど細胞レベルでの老化が早く、死亡や病気のリスクが高いと判断されます。

WHIMS(Women's Health Initiative Memory Study)

米国の「女性健康イニシアチブ」に付随して実施された大規模な記憶・認知機能追跡研究。高齢女性を長期間にわたり追跡し、認知症の発症や軽度認知障害(MCI)、身体的健康状態の変化を厳密に調査しています。

参考文献・補足情報

1. 一次情報・学術論文(Primary Academic Source)

1. 原著論文

Epigenetic clocks of biological aging and cognitively healthy longevity: the Women’s Health Initiative Memory Study.

2026年9月1日公開。Women’s Health Initiative Memory Studyの女性5,844人を対象に、15種類のエピジェネティック時計と90歳までの生存、認知機能を保った長寿との関連を検証した研究です。今回のコラムの主要な根拠となる論文です。

https://academic.oup.com/biomedgerontology/article/81/11/glag215/8778776

2. Horvath S. (2013)

DNA methylation age of human tissues and cell types.

Genome Biology. 14, R115.

複数の組織や細胞におけるDNAメチル化パターンを用いて年齢を推定する、代表的なエピジェネティック時計を報告した研究です。第一世代のエピジェネティック時計を理解するための基礎文献です。

https://doi.org/10.1186/gb-2013-14-10-r115

3. Lu AT, et al. (2019)

DNA methylation GrimAge strongly predicts lifespan and healthspan.

Aging. 11(2):303–327.

DNAメチル化情報を用いて、死亡リスクや健康状態との関連を評価するGrimAgeを報告した研究です。暦年齢の推定だけでなく、健康や生存に関連する情報を取り込んだ時計の発展を理解するうえで参考になります。

https://doi.org/10.18632/aging.101684

4. Belsky DW, et al. (2022)

DunedinPACE, a DNA methylation biomarker of the pace of aging.

eLife. 11:e73420.

生物学的年齢そのものではなく、老化が進む速度をDNAメチル化から評価する指標DunedinPACEを報告した研究です。老化の「年齢」と「速度」を区別して理解するうえで参考になります。

https://doi.org/10.7554/eLife.73420

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